大判例

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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)53号 判決

原告

右代表者法務大臣

古井喜実

右訴訟代理人

神原夏樹

右指定代理人

鈴木芳夫

外六名

被告

東京都知事

美濃部亮吉

右指定代理人

坂井利夫

外三名

主文

原告が昭和四七年九月二二日付でした東京都水道局長の同年八月五日付横田飛行場内都水道用地使用不許可処分に対する審査請求に対し被告がなんらの裁決をしないことは違法であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

主文と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都の行政財産である別紙物件目録記載の各土地(以下、「本件土地」という。)を、その管理者である東京都水道局長から、昭和二七年七月二八日から昭和四〇年三月三一日までは賃借し、昭和四〇年四月一日以降は地方自治法二三八条の四第四項に基づく使用許可を得たうえで、東京都の会計年度ごとに使用期間の更新を受けて、これを「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約第六号)」六条及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)」に基づき、いわゆる横田基地の一部としてアメリカ合衆国軍隊に提供してきた。

2  原告は、昭和四七年二月一〇日東京都水道局長に対し昭和四七年度における本件土地の使用許可の申請(使用期間の更新申請)をしたところ、同水道局長は同年八月五日原告に対し昭和四七年度以降の本件土地の使用を許可しない旨の処分をした(以下、「本件処分」という。)。

3  そこで、原告は、右処分を不服として昭和四七年九月二二日被告に対し地方自治法二三八条の七第三項に基づく審査請求をしたが、被告はいまだになんらの裁決をしない。

4  よつて、原告は、被告の右不作為が違法であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4の被告の不作為が違法であるとの主張は争う。

三  被告の主張

被告が原告の本件審査請求に対し裁決をしないことには次のとおり正当な理由があるから、本件不作為は違法ではない。

1  東京都は、本件土地の使用許可の関係の終了を理由として、昭和四七年九月本訴原告たる国を被告として東京地方裁判所に本件土地の明渡しを求める訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第八〇七三号。以下、「別件訴訟」という。)、右訴訟は現に同庁に係属しているが、同訴訟においては、本件処分の適否が重要な前提問題となつている(ただし、同訴訟は本訴の結論を待つため期日が追つて指定となつている。)。

2  ところで、被告は、別件訴訟の原告たる東京都の機関であつて、実質上東京都と一体の関係にあるものであるから、同訴訟の係属中において被告が本件審査請求につき裁決をするとすれば、そこに公正を期待しえないことは明らかであり、また、仮に被告が棄却裁決をすれば、原告は再審査請求(地方自治法二三八条の七第六項)をすることになると思われるが、この再審査請求については原告と実質上一体である自治大臣が審査することとなるので、これについても公正を期待しえないことが明らかである。しかも、本件処分をした東京都水道局長は、自治大臣が本件処分を取り消す旨の再審査裁決をした場合には、もはやそれを正すべき救済方法をもたないこととなるのである。

3  このように、処分庁と審査庁がいずれも東京都の機関であり、また、審査請求人と再審査庁が国とその機関であつて、しかも、本訴原告たる国と本訴被告を代表者とする東京都とが対立当事者となつて本件審査請求の対象となつている本件処分の適否を前提とする訴訟を行つている本件においては、審査庁及び再審査庁のいずれについても本件処分に関する裁決をするについて公正を期待しえない事情があるというべきであるから、民事訴訟法上の回避の制度あるいはなんびとも自己の事件について裁判官たりえないという自然的正義の原則に照らし、被告がその権限行使を自制して本件審査請求に対する裁決を保留することは、やむをえないことであるのみならず、そのほうが行政不服審査制度における公正に適うといえるのである。

4  そして、前記のとおり、被告が本件審査請求について棄却裁決をし、原告が自治大臣に再審査請求をした場合には、本件処分をした東京都水道局長は自治大臣の再審査裁決を争うべき方法を有しないこととなるのに対し、被告が本件審査請求について裁決をしなくても、原告は端的に本件処分の取消しの訴えを公正な第三者である裁判所に提起することによつて、有効、適切に不利益の救済を図ることができるのであつて、なんら不都合はないのである。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1の事実は認めるが、同2ないし4は争う。

2  本件不作為が違法でないとする被告の主張は、現行法上の行政不服審査制度を否定するものであつて是認する余地はない。

すなわち、行政処分についての審査請求においては、処分庁に対し監督権を有する上級行政庁がその審査庁となるのが通常であつて、かかる関係にあつてもなお裁決の公正なるべきことが現行法制度上当然の前提とされているのである。このことは、たまたま審査庁の属する団体と審査請求人との間に当該処分の効力の有無を先決問題とする民事訴訟が係属している場合においても変わりがあるはずはなく、現行法上かかる場合に審査庁が裁決を回避しうる旨の規定はない。また、本件処分に関する再審査請求については自治大臣が再審査庁となることが法定されているのであるから、たまたま再審査請求人が国である場合にも現行法制度上自治大臣の裁決を受けるほかないのである。以上のとおりであつて、被告の主張は現行法制度自体を否定する立法政策論にすぎない。

第三  証拠関係〈略〉

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告の本件不作為が違法であるか否かについて判断する。

地方自治法二三八条の七第三項によれば、同法二三八条の四の規定により普通地方公共団体の長及び委員会以外の機関がした行政財産を使用する権利に関する処分についての審査請求は、当該普通地方公共団体の長に対してするものとされ、また、同四項によれば、普通地方公共団体の長は、右審査請求があつたときは、議会に諮問してこれを決定しなければならないこととされている。このことは、本件のように、国が私人と同様の立場で普通地方公共団体の行政財産の使用を求め、これに関する処分について審査請求をする場合においても同様であることは、いうまでもない。したがつて、被告は、原告のした本件審査請求に対して相当の期間内に裁決をすべき義務がある。

被告は、東京都が本訴原告たる国に対し本件土地の明渡しを求める別件訴訟を提起し現に係争中である本件においては、被告が本件審査請求に対し裁決をするにつき公正を期待しえないというべきであるから、右裁決をしないことには正当な理由がある旨主張する。

処分についての審査請求は、行政処分に対する簡易迅速な手続による事後救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保するためのものであつて、審査庁が裁決をするにあたつては、処分庁の立場に偏することなく客観的立場において、審査請求人の主張をも十分審理し(原則として書面審理によるが、審査請求人の申立てがあつたときは口頭で意見を述べる機会を与えなければならないとされている。行政不服審査法二五条)、必要があれば職権をもつて参考人の陳述を求め、鑑定、検証等をもしたうえで(同法二七条、二九条等)、適正かつ公正な判断をすべきことが当然予定されているものである。しかしながら、右審査請求は、ひつきよう、行政組織内部におけるひとつの自己統制制度であり、処分庁の上級行政庁において審査を担当するのが通常であることからすれば、右制度のもとで要求される判断の適正かつ公正なるものも、公平な第三者機関による紛争の終局的解決を目的とする裁判手続におけるそれと同じ程度の厳格さをもつて論ずることはできず、その性質上おのずから一定の限界があるものというべきである。本件において、審査請求人たる原告と審査庁たる被告を代表者とする東京都の間に本件処分の適否を前提とする別件訴訟が係属していることは当事者間に争いがないが、審査請求人と審査庁との間に実質上右に匹敵するような対立関係があることは必ずしも稀有ではなく、また、現行法上かかる場合に審査庁が判断を回避しうる旨の規定もないのであつて、審査請求人、審査庁間に右のような事情の存することは、現行の行政不服審査制度のもとで要求される判断の適正と公正を妨げるべき事情には当たらないというべきである。のみならず、被告のような独任制の機関について一方的な判断回避を許すときは、審査請求人の裁決を受ける利益が全く損われてしまうことともなる。これらの点を合わせ考えると、本件において、審査請求人たる原告が審査庁たる被告の判断を求めているにもかかわらず、被告がみずから判断の適正、公正を期しえないとしてその判断を回避するがごときことは、とうてい是認しうるところではない。被告の主張する訴訟上の回避制度及び自然的正義の原則なるものを本件に適用する余地はないというべきである。

また、地方自治法二三八条の七第六項によれば、行政財産を使用する権利に関する処分についての審査請求に対し都道府県知事がした裁決に不服があるときは、更に自治大臣に再審査請求をすることができるとされており、この再審査請求をする権利は不服申立人が国であつても否定すべき根拠はないのであるから、被告において本件審査請求を棄却した場合に右裁決が将来再審査庁たる自治大臣によつて覆されるかもしれないことを慮つて、本件審査請求に対する裁決を回避することは許されない。

なお、原告が本件審査請求に対する裁決を経なくても、本件処分について取消訴訟を提起しうることは、被告の主張するとおりであるが、だからといつて、原告の本件審査請求に対する裁決を求める利益を無視しうるものでないことはいうまでもない。

以上のとおりであつて、被告の主張するところは、本件審査請求に対する裁決をしない正当な理由ということはできない。

三そうすると、被告が本件審査請求後六年余を経過するにもかかわらず、その主張するような理由によつていまだこれに対する裁決をしないことは、違法であるといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 八丹義人 佐藤久夫)

別紙物件目録〈省略〉

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